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自作小説『電気屋』

2006年4月27日自作小説自作小説,短編,神楽堂

電気屋でんきや

著者:榊 康生
挿し絵:絵楽ナオキ

 電気屋の朝は早い。
日が昇る前に下ごしらえが始まる。すり潰した電気をよく絞り、純粋な電気を取り出す。それを型に流し込み固まったところを切り分けて午後まで日干しにする。
夏の天気の良い日など、最高に干し上げられた電気になるのだが、曇りや雨だとぐずついた電気になり売り物にすらならなくなる。
そうして夕暮れ時に自転車の荷台に沢山電気を載せて売りまわりに行くのだ。

この日もいつもと同じく自転車で電気を売りまわっていた。
「すみませーん。電気一丁ください」
鍋を手におばさんがやってきた。
「はいよ。電気一丁まいどあり」
鍋の中に電気を入れ、お代として250円を受け取る。
「電気一丁ニャ」
「まいどあり!」と声の方を向くが誰もいない。確かに声がしたんだが。
「おい。おいらはここだニャ」
右、左、上、下・・・。足元にちょこんと猫が一匹立っていた。それも、前足で器用に鍋を持ち後ろ足で立っているのだ。
俺の中で何かが壊れる音がした。たぶん、俺の中の常識が壊れたのだろう。
俺は茫然自失の態で猫の持つ鍋に電気を一丁入れ、猫が歩いていく姿を見送っていた。
何か忘れている。何か?
そこで俺は猫から電気の代金をもらってないことに気付いた。
まぁ、猫がお金を持っているとは思えないが、あの猫ならお金を持っていてもおかしくないような気もする。
250円といえば、50円の家が5件は建つ額だ。50円の家があればの話だが。
大急ぎで自転車を猫が歩いていった方に走らせる。
猫が消えていった角を曲がると、ちょうど次の角を曲がろうとしている猫の後ろ姿が見える。器用に後ろ足だけで歩いている姿は、大昔に流行った「なめんなよ」という猫の写真を思い出させた。
猫を追いかけている内に、いつのまにか知らない通りに入り込んでいることに気付く。
道端にある小さな立て札には「ねこまた通り」と書いてある。
この町内なら全て知っているつもりだったのだが、こんな通り初めて聞く。
よくよく見ると、道を歩いているのは猫ばかりだ。小猫を乗せた乳母車を押している猫。アタッシュケースにスーツ姿の猫。長い顎鬚に老眼鏡で杖をつきつき、よたよた歩いている老猫。
黒猫にブチ猫、シャム猫にペルシャ猫と全ての猫が後ろ足で器用に歩き回っている。
俺はめまいがしそうな思いで、そこに立ち尽くす。
「どうしたニャ」
目の前には電気を入れた鍋を手にした先程の猫が立っていた。
首をかしげ、ときたまピンと立った耳をピクピク動かす姿はまるで人形のように可愛らしい。
「あの・・・お代を・・・」
俺は、絞り出すようにそれだけ言う。
「ごめんニャ。忘れてたニャ」
猫はどこからか財布を取り出すと250円を渡してくれた。
「・・・まいどあり」
俺はそれだけ言うと自転車で逃げるように来た道を引き返していった。

猫が二本足で歩きまわっているなんて・・・。
なんとも釈然としない思いだ。
結局あの後、仕事に身が入らず、全部売り歩くのにいつもの倍以上の時間がかかってしまった。
暗い路地を自転車で急ぎ、自宅の前に止める。
扉を開けようとすると既に鍵がかかっていた。
まぁ、こう遅くなったらしょうがないと扉を叩き鍵を開けてもらう。
扉をガラガラ開け中に入ると、後ろ足で器用に立って前足で煙草をふかしている犬が出迎えてくれた。
「ただいま、父さん」
茶の間からは弟達のワンワン、キャンキャンいう声が聞こえてくる。
俺は鉢巻きして、首から笛をぶら下げ、たすき掛けに今日の売上が入った財布を下げ、器用に後ろ足で歩いている犬である自分の姿をしげしげと見下ろす。
犬が二本足で歩きまわり生活しているのだから、猫が二本足で歩きまわり生活していても良いのか。
俺は何か全てが納得できる気がした。
この「もののけ町」には色々なのが生活している。
まぁ、それでいいんじゃないかな。


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Posted by ともやす